いやーネット上の引越しって荷造りしなくていいから楽だなぁ。
「おしもが騒いで」 こんな表現は現代の日本において使っておられる方がもしいたらおそらくその方は300歳台とかの世界最高歳であるに違いない。
ちなみに僕はそんな言葉は耳にしたことがない。
「おしもが騒いで」=「ムラムラっときて」
こんな意味合いの言葉なのだが『元禄御畳奉行の日記』という書物の中で、江戸時代の女性が突然に浮気心がわいて助平(スケベ、エッチ、エロ)になる事がこのように表現されているのだそうだ。うーん浮気心というものは時代が違えど変わらないようだ。
かつて中近東に攻め込んだ十字軍の将兵は、「留守中、女房たちが浮気して他の男に抱かれるのが嫌で『貞操帯』という、肝心なところにギザギザが付いている鉄のふんどしのようなものを作ったという。
〔「俺が戦死したと聞いたらこの鍵を女房に渡してくれ」と
頼んだが、そうして出兵した兵士が隊列を作って町外れま
で行進したら、慌てて走って追いかけてきた親友が「これ
は違う。鍵が合わなくて開かないんだ。」という笑い話が
あるそうな。 〕
それからアフリカのとある部族では女性割礼と言うものが今でも存在し人権問題とされている。
浮気防止法は深く愛し合う事だ。
以上が最近ハマっている安部譲二さんの作品の『こいつだけは許せねぇ』の中の一部だ。
この本は1996年、今から11年前のもので、「青島さん(故青島幸雄元東京都知事)をみんなで助けよう」とか「常識を疑ってしまう新進党」といった時代を感じるキーワードも多いが、税金をむしばむ政治家や官僚、ついこないだようやく判決の出た麻原彰晃の裁判における怠慢な裁判所の体たらくぶり、「進め電波少年」(なつかし)におけるメディアの不見識さ等、11年前の事だが2007年の今現在に当てはめても、未だに変わること無く続いている日本と日本人の病巣なのである。要は10年一昔と言えど何も変わっていないのである。
いったい何をやっていたんだろう?人間というものの愚かさは変わらないのだろうか?ならば人間をはるかに超越した倫理観、正義感、能力を備えたスーパーウルトラロボットを開発して、そのロボットに日本の政治を任せた方がすばらしい世の中、美しい国日本?になるのだろうか?人を超越したロボットが動かす日本と言う国家。マルクス主義の進化盤?っぽいのでなんだか大丈夫か?という気がする。出来ればやめて欲しい。それにロボットに愛だの正義だのの感情が組み込めるのであれば、もうそれはロボットではない。ロボットでないからいつか必ず間違いも起こすし、出来心や嫉妬心、憎悪や損得勘定といったものも生まれるに違いない。そうなるともっと恐ろしい事だ。
「愛だろ、愛」
安部譲二さんのこの本がでたちょうど同じぐらいの頃に缶コーヒーのボスだったか、ジョージアだったかのCMで柴田恭平が言っていたセリフを思い出した。
『愛』 とってもとっても深い、深すぎる言葉だ。僕ごとき男(漢?)が普段口にするにはおこがましい。(たぶん年間2,3回言うか言わないかだ。じゃあ言ってんじゃん)
愛し合う事が大事である。
毎年毎年、日テレ系列でやっている感動の押し売り劇とも言える24時間テレビの「愛は地球を救う」というのも、番組は置いといて言葉だけは人類の普遍的な格言なのかもしれない。
まぁ、とりあえず『愛』は置いといて、僕は日本国民である以上、選挙には行くし、政治家にも少しは期待している。だから選ばれし政治家の先生には国民への『愛』を持って欲しい。やっぱり『愛』は置いとけない。
島の中の懲りない面々はもういいかげんうんざりだ。
整体室神戸
0584-27-5565
「おしもが騒いで」 こんな表現は現代の日本において使っておられる方がもしいたらおそらくその方は300歳台とかの世界最高歳であるに違いない。
ちなみに僕はそんな言葉は耳にしたことがない。
「おしもが騒いで」=「ムラムラっときて」
こんな意味合いの言葉なのだが『元禄御畳奉行の日記』という書物の中で、江戸時代の女性が突然に浮気心がわいて助平(スケベ、エッチ、エロ)になる事がこのように表現されているのだそうだ。うーん浮気心というものは時代が違えど変わらないようだ。
かつて中近東に攻め込んだ十字軍の将兵は、「留守中、女房たちが浮気して他の男に抱かれるのが嫌で『貞操帯』という、肝心なところにギザギザが付いている鉄のふんどしのようなものを作ったという。
〔「俺が戦死したと聞いたらこの鍵を女房に渡してくれ」と
頼んだが、そうして出兵した兵士が隊列を作って町外れま
で行進したら、慌てて走って追いかけてきた親友が「これ
は違う。鍵が合わなくて開かないんだ。」という笑い話が
あるそうな。 〕
それからアフリカのとある部族では女性割礼と言うものが今でも存在し人権問題とされている。
浮気防止法は深く愛し合う事だ。
以上が最近ハマっている安部譲二さんの作品の『こいつだけは許せねぇ』の中の一部だ。
この本は1996年、今から11年前のもので、「青島さん(故青島幸雄元東京都知事)をみんなで助けよう」とか「常識を疑ってしまう新進党」といった時代を感じるキーワードも多いが、税金をむしばむ政治家や官僚、ついこないだようやく判決の出た麻原彰晃の裁判における怠慢な裁判所の体たらくぶり、「進め電波少年」(なつかし)におけるメディアの不見識さ等、11年前の事だが2007年の今現在に当てはめても、未だに変わること無く続いている日本と日本人の病巣なのである。要は10年一昔と言えど何も変わっていないのである。
いったい何をやっていたんだろう?人間というものの愚かさは変わらないのだろうか?ならば人間をはるかに超越した倫理観、正義感、能力を備えたスーパーウルトラロボットを開発して、そのロボットに日本の政治を任せた方がすばらしい世の中、美しい国日本?になるのだろうか?人を超越したロボットが動かす日本と言う国家。マルクス主義の進化盤?っぽいのでなんだか大丈夫か?という気がする。出来ればやめて欲しい。それにロボットに愛だの正義だのの感情が組み込めるのであれば、もうそれはロボットではない。ロボットでないからいつか必ず間違いも起こすし、出来心や嫉妬心、憎悪や損得勘定といったものも生まれるに違いない。そうなるともっと恐ろしい事だ。
「愛だろ、愛」
安部譲二さんのこの本がでたちょうど同じぐらいの頃に缶コーヒーのボスだったか、ジョージアだったかのCMで柴田恭平が言っていたセリフを思い出した。
『愛』 とってもとっても深い、深すぎる言葉だ。僕ごとき男(漢?)が普段口にするにはおこがましい。(たぶん年間2,3回言うか言わないかだ。じゃあ言ってんじゃん)
愛し合う事が大事である。
毎年毎年、日テレ系列でやっている感動の押し売り劇とも言える24時間テレビの「愛は地球を救う」というのも、番組は置いといて言葉だけは人類の普遍的な格言なのかもしれない。
まぁ、とりあえず『愛』は置いといて、僕は日本国民である以上、選挙には行くし、政治家にも少しは期待している。だから選ばれし政治家の先生には国民への『愛』を持って欲しい。やっぱり『愛』は置いとけない。
島の中の懲りない面々はもういいかげんうんざりだ。
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